10/3 木版を刷る
毎年年賀の挨拶は木版を彫っている。
とてもシンプルなもので、その年の干支の漢字一文字である。
ほとんど、言葉もない。
書こうとすると、沢山ありすぎる。
自分なりに芸術作品を汚い字で汚したくもない。
だが、なかな納得できる作品も出来ない。
だから、一生懸命彫る。
木版というものは、結構時間を要する。
デザインを考え、イメージ通りに彫る、またこれが難しい。
そこそこの出来ばえで、納得しないと素人なので時間もくう。
その年を振り返る一瞬である。
そして、宛名のついたお年玉付年賀葉書を木版の上に置き、
宛名をバレンでおもっきりこする。
宛名の人物を考え、「来春も良き年を迎えられますように!」
ここまで刷れば、きっと何かが伝わる。
そう思うから、何も書かない。でも本当は、理由がある。
きっとある、そう思い、もう一度考える。
書かないと、いろいろ未練もある。
謝らないと、いけないこともいっぱいある。
本当の理由は、先日、先輩の小林さんに言われた。
「嫁さんも心配している!」でも俺は言う。
「李ちゃんは、李ちゃんだから、心配ないまたちゃんとしたら、遊びに来るよ」
と言ってくれている、と言う。奥さんの気持ちも本当にうれしかった。
でも小林さんの言葉がもっとうれしかった。
「友情」言わせてもらえば、男の友情を感じた
私の多くの男の友情は本当にこんなものだった
学生の時の男の友情も忘・新年会と結婚式に会うだけだ。
それでいいと思う。「便りのないのがよい便り」だ。
それでも、1年に1度くらいは、と思い、一生懸命木版を刷る。
もくもくと、今年とあの時を考えながら。
毎年、年賀の挨拶は木版を彫っている。
1つ1つが、違って味がある。
素人だから、おもしろい。
そのいちまいに感情を入れ、その人を考える。
お習字の墨をするように。


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